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2020年9月

家持のまなざし

   新元号の令和を発表して「令和おじさん」の愛称がある菅官房長官が総理大臣に選ばれましたが、その令和の考案者と目される高志の国文学館館長の中西進先生に関してのコラムを、聴講した講演会について2回、著書を読んでの感想を1回書きました。今回も、感心しながら聴いた中西先生の講演会について書きます。
  9月5日の土曜日、高岡文化ホールでの「中西進講演会 家持のまなざし―富山の風土を見つめるー」に、事前申し込みして聴講が認められ、どんな話が聴けるかと楽しみに出かけました。新型コロナウイルス感染予防のための座席指定券に従って、1席ずつ空けた椅子に着席しました。中西先生は、講演の内容が記されたA41枚の資料に沿って話されましたが、過去2回の講演と同様、ユーモアを交えながらの講演でした。
   今回は、iPadではなくiPhoneにメモしましたが、今、資料とこのメモを見ると、講演会の様子がよみがえります。改めて、メモすることの大切さを思い、メモを見ながら、このコラムを書き進めます。
   講演は、前半の㈠能登そして「家持屏風」と、後半の㈡天平の眼、勝宝の眼の構成でした。前半は、聖武天皇に尽くすのが家持であるという話から始まっての、年表の説明でした。
   この屏風を中西先生は「家持屏風」と名付けたとのことで、ここにも中西先生のユーモアが感じられました。講演の後半部分の天平の眼、勝宝の眼では、家持が越中国守を勤めた5年間のうち、聖武天皇が在位中の天平に詠まれた歌から3首が能登巡行の歌(抄)として、聖武天皇が退位されてからの勝宝に詠まれた歌からも3首が春苑桃李の歌(抄)として取り上げられています。能登巡行の歌には、発見 旅 朝 鄙 自然、春苑桃李の歌には、沈潜 苑 夜 都 花鳥 がキーワードとして書かれていて、前半は能登がバックスクリーンで、後半は都がバックスクリーンであり、多くのバックスクリーンがあったと話されました。キーワードの「発見」と「沈潜」では、発見する、見ると、眺める、ぼんやりしているとは違う、前半には地名がたくさん出てきて、行動を促すような「発見」をしているが、後半には地名は出てこない。後半の3番目に紹介された歌に射水川とあるが、これは「発見」ではなく主題は船人。そして「全日空ホテルの中華料理店にしか桃李は無い」と笑わせてから、「春の苑 紅にほふ桃の花 下照る道に 出で立つ少女(おとめ)」の歌について、「旅」に対して「苑」は現在の庭のことであると説明され、前半の「旅」をしながら詠った歌と、後半の庭(「苑」)で詠った歌との違いを説明されました。そして、前半の1番目と3番目の歌には、「朝凪」や「朝びらき」と「朝」が詠われ、後半の2番目の歌には、「さ夜更けて」と「夜」が詠われていて「朝」と「夜」とに分けられていているが、3番目の歌に「朝床に」とあるのは、夜の延長線上の最後としての「朝床」である。さらに、前半では能登の「鄙」びた風景を詠っていて、1番目の歌では、大和の風の中の能登の「自然」の風景を詠っているが、後半は、「都」の風景であり、後半の1番目の歌には桃の花、2番目の歌には鴫(しぎ)といった「花鳥」が詠われていて、3番目の歌「朝床に 聞けば遙(はる)けし射水川 朝漕ぎしつつ 歌ふ船人」も、あたかも「自然」の風景を詠っているようで「花鳥」 に似ていると解説され、前半と後半に分けて万葉集を読んでみると良いと締めくくられました。

   さすが文化勲章を受章した文学者は違う、大伴家持の歌を、いろんな切り口で何と深く読み解き、分析されるものかと、しきりに感心しながら聴き、中西先生が高志の国文学館の館長に就かれたことで、4回もコラムに書きたくなるご縁を頂いたとうれしく思いました。

  しかし、私の文章が拙いせいで、コラムを読んでも、万葉集の前半と後半の違いはさっぱりお分かりにならないと思います。ぜひ、先生の講演を聴き、91歳の中西先生のお人柄に触れてください。
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